大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島地方裁判所 昭和50年(わ)104号 判決

本籍

広島県佐伯郡宮島町五六六番地

住居

広島市高陽町大字翠光台一番地の三五四

会社役員

金子隆昌

大正一二年一一月二八日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は検察官立石弘、山口勝之出席のうえ審理をして、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年及び罰金一、〇〇〇万円に処する。

右罰金を完納できないときは、金二万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四四年ころから、広島市東雲本町二丁目一七番五号の当時の住居において、自ら又は他の不動産業者とともに宅地造成用地の売買斡旋等の事業を営んでいたものであるが、所得税を免がれようと企て、

第一、昭和四六年分の総所得金額が一、〇八六万五、四三二円でこれに対する所得税額が三四五万九、一〇〇円であるにもかかわらず、収入金の一部を除外したうえ、架空の領収書を作出するなどの行為により所得を秘匿し、昭和四七年三月一五日、同市宇品東六丁目一番七二号所在の広島南税署において、同税務署長に対し、その総所得金額が五〇一万二五〇円で、これに対する所得税額が八九万一、〇〇〇円である旨の金額過少で虚偽の確定申告書を提出し、もつて右不正の行為により、昭和四六年分の所得税差引二五六万八、一〇〇円を免れ、

第二、昭和四七年分の総所得金額が七、九五二万五、七三九円で、これに対する所得税額が四、六七六万六、九〇〇円であるにもかかわらず、前同様の行為により所得を秘匿し、昭和四八年三月一四日、前記広島南税務署において同税務署長に対しその総所得金額が一、二三五万二、一二二円で、これに対する所得税が四〇四万五、四〇〇円である旨の金額過少で虚偽の確定申告書を提出し、もつて右不正の行為により昭和四七年分の所得税差引四、二七二万一、五〇〇円を免れ

たものである。(右各所得及び税額の計算は、別紙一の一、二及び二の一、二のとおりである。)

(証拠の標目)

判示全事実につき

一、被告人の当公判廷における供述

一、第八回公判調書中被告人の供述部分

一、被告人の検察官に対する昭和五〇年二月一八日付、同月一九日付各供述調書

一、被告人の大蔵事務官に対する昭和四八年一〇月四日付、同月六日付昭和四九年一月一四日付、同月一七日付、同月二六日付、同年二月一六日付、同月二七日付各質問てん末書

一、被告人作成の昭和四八年一〇月六日付上申書

一、谷川正和の検察官に対する供述調書及び大蔵事務官に対する各質問てん末書(二通)

一、出相悟、福田土生及び塚田満義(昭和五〇年一月二三日付)の検察官に対する各供述調書

一、河内山謙司(二通)、吉田貞男、金子多紀子(二通)、福田トミ子(二通)、小倉一幸、河本重堅、藤岡重人、木村勤、新宅チエ子、丸田千代子、末岡義輝(二通)樫本義男、小宮次郎の大蔵事務官に対する各質問てん末書

一、上野一八、新田勇、高塚大作、佐野正数、高梨靖彦作成の各答申書

一、柴崎一美、藤富茂作成の各上申書

一、矢葦景久、広岡眞、渋下輝夫、中村英昭、村井一夫作成の各証明書

一、大蔵事務官作成の納税証明書

判示第一の事実全般につき

一、可部税務署長作成の昭和四六年分の所得税の更正決議書(謄本)及び同年分所得税の加算税の賦課決定決議書(謄本)

一、検察事務官作成の昭和五〇年二月二七日付捜査報告書(一)

一、押収してある

1. 白色申告者書類綴一綴(昭和五〇年押第一二四号の一)

2. 被告人の昭和四六年分の確定申告書控一通(同押号の四)

判示第一の収入金勘定科目について

一、三井末信作成の答申書

一、押収してある

1. 収入金明細綴一綴(前同押号の二)

2. 収入金メモ一枚(同押号の三)

3. 「4.6.5.22金子氏日本国土開発KKよりの受入金領収書」との表題のある綴一綴(同押号の八)

4. 「謝礼金分配領収証東亜地所、三菱建設KK」との表題のある綴一綴(同押号の九)

5. 矢口団地買収斡旋分配金明細表等綴一綴(同押号の一〇)

6. 「経済レポート」「市内東平塚町二-五平本商事」等の表記ある黄色封筒入り書類(同押号の一一)

判示第二の事実全般について

一、可部税務署長作成の昭和四七年分所得税の更正決議書(謄本)

一、広島南税務署長作成の昭和四七年分所得税の加算税の賦課決定決議書(謄本)

一、検察事務官作成の昭和五〇年二月二七日付捜査報告書(二)

一、押収してある

1. 四七年分経費帳綴一綴(前同押号の五)

2. 「金子隆昌四七年分経費〈3〉」の表記ある茶色封筒入り書類一袋(同押号の六)

3. 被告人の四七年分確定申告書(一般用)控(金子隆昌分)一通(同押号の七)

4. 「金子隆昌四七年分分配金領収」と表記のある茶色小封筒入り書類一綴(同押号の一九)

判示第二の収入金勘定科目について

一、被告人の検察官に対する昭和五〇年二月二二日付供述調書

一、被告人の大蔵事務官に対する昭和四九年一月一六日付、同月一九日付、同年二月二六日付、同年一〇月一六日付各質問てん末書

一、被告人作成の昭和四九年一〇月一五日付上申書

一、第五回ないし第七回公判調書中の佐々木朝海の各供述部分

一、石井睦三、川相則夫、大村輝男、奥村敏夫及び佐々木朝海の検察官に対する各供述調書

一、川相則夫の大蔵事務官に対する各質問てん末書(二通)

一、押収してある

1. 金銭出納帳一冊(前同押号の一四)

2. 西広島ニユータウン造成関係書類綴一綴(同押号の一五)

3. 「八本松大字飯田字深堂」と表記ある書類綴一綴(同押号の一六)

4. 日記帳(一九七二年)一冊(同押号の一七)

5. 「日本国土開発株式会社広島支店)記名入り大封筒入りメモ(紙数九枚)一袋(同押号の一八)

判示第二の支払手数料勘定科目について

一、第四回公判調書中一崎好夫及び籔野清の各供述部分

一、佐々木好夫、塚本定雄、下坂京三及び中島英昭の検察官に対する各供述調書

一、佐々木好夫、塚本定雄、川本幸男及び中島ミスノの大蔵事務官に対する各質問てん末書

一、籔野清作成の同人の四七年分所得税の確定申告書謄本

一、押収してある

1. 特殊版茶色大封筒入り書類二袋(前同押号の一二、一三)

2. ノート(覚書帳)一冊(同押号の二〇)

判示第二のその他の勘定科目について

一、被告人の大蔵事務官に対する昭和四九年二月一六日付質問てん末書

一、金井久子の検察官に対する供述調書

一、山城一雄及び佐東英晴作成の各上申書

(本件各争点に対する判断)

第一、昭和四六年分について

弁護人は、昭和四六年分の収入金のうち申告されていなかつた三四三万五、一八二円については、当時被告人の帳簿記載が不備であつたため、単に申告洩れとなつたものに過ぎず、右金額部分において被告人にはほ脱の犯意はなかつた旨主張するが、一般的に、ほ脱の犯意はいわゆる概括的認識をもつて足り、一々計数的に正確な数額まで認識しなくとも、申告所得額が真実の所得額より少ないことの認識さえあれば犯意を肯定できるのであつて、これを詳述すれば、特に課税対象の範囲外に属するものと誤信した分については格別、個々の勘定科目毎に分断して右犯意の有無を審究する必要はないものと解すべきであるところ、前掲各証拠によれば、被告人は昭和四六年分の支払手数料として合計三四二万円にものぼる架空領収証を作成していたこと、被告人が同年中に手がげた三つの売買斡旋事業のうち、東亜ハイツ関係により得た収入金合計一二九万四、三〇〇円を申告の際全く計上していなかつたことなどが認められ、右の如く重要な収入部分につき申告を欠いた一事をもつてしても、被告人に申告額が過少であつたとの認識の存したことは容易に推認されるうえ、また右架空領収書作成の事実から、同年分の所得額が過少であることの認識を有していたことは極めて明白である。したがつて申告されなかつた収入金額が課税対象外であつたと被告人が誤信したことを窺わせるに足る特段の事情の存しない本件においては被告人のほ脱の犯意は十分にこれを肯定することができるので、弁護人の右主張は理由がない。

第二、昭和四七年分について

一、弁護人は、昭和四七年分収入金のうち、石内関係の用地売買斡旋手数料及び工事費(以下単に斡旋手数料等という)につき、右は施主から日本国土開発株式会社(以下単に国土開発という)を通じて被告人らに支払われるものであるが、1.佐々木好夫が昭和四七年一一月一三日に五七五万円を、一崎好夫が同月二四日に一、七五〇万円をそれぞれ国土開発から受領しており、右合計金二、三二五万円については、同人らにおいて各自の所得として所轄税務署に申告しているものであり、被告人は自己の所得と考えずに申告しなかつたから、右金額について被告人にはほ脱の犯意がなかつた。2.昭和四七年中に施主から国土開発に入金された右1の分を除く残余額三、六六二万五、〇〇〇円については、被告人は同年中に国土開発から現実に受領していなかつたから、同年分の収入金とはいえない。3.まして、昭和四八年に至つて施主から国土開発に入金された一、九三一万二、五〇〇円については、昭和四七年分の収入金でないことは明らかである旨主張し、同年分総所得金額を争つている。

(一) よつて先ず個々の判断の前提となる事実について検討するに、前掲各関係証拠を総合すれば、本件石内関係宅地造成用地売買斡旋の仕事は、第一期として昭和四七年五月ころ、第二期として同年八月ころ、それぞれ国土開発から被告人に持ち込まれ、被告人が佐々木好夫、一崎好夫らとともにこれを遂行していたものであるところ、その際、施主であるエヌケー・プレハブ株式会社及び丸善石油不動産株式会社は、対外的信用の面から一介の不動産ブローカーにすぎない被告人個人との直接契約に不安を感じ、かつ将来本件宅地造成工事を担当すべく被告人らを右施主に紹介した国土開発に責任をもたせようという意向であつたことから、国土開発との間に右売買斡旋の報酬である斡旋手数料等の総額並びにその支払時期及び割合について覚書をかわし、右内容はそのまま国土開発から被告人に伝えられ、斡旋手数料等の支払方法も各期を通じてそれぞれ売買契約締結時(初回金として総斡旋手数料等の五〇パーセント)、開発見通し時(中間金としてその二五パーセント)、開発許可時(最終金としてその二五パーセント)の三回に分け各支払時期の到来したとき被告人から国土開発に請求し次いで国土開発から施主に請求したうえ、施主から一旦国土開発に入金され、その後国土開発から被告人に支払われることになつていたこと、国土開発においては右入金されたものは同社の収入とは全く無関係な仮受金勘定として会計上処理し、何らの中間手数料もとつていなかつたこと、他方、斡旋作業者等内部の関係においては、被告人がその中心となつて主要部分を担当し、右一崎らに指示して仕事を分担割当てし、また斡旋手数料等の分配割合についても被告人の一存で決められていたことなどが認められ、以上認定の各事実関係によれば、形式上本件用地売買斡旋契約は施主と国土開発との間に成立し、被告人は国土開発との間に下請的な契約関係にあつたもので、直接施主に対して斡旋手数料等の支払請求権を有していなかつたわけであるが、しかし実質的にみれば、右手数料等の支払時期が到来した場合、被告人から国土開発に対する支払請求権と国土開発から施主に対するそれとが同時に発生する関係にあつたということができる。そして、前掲各証拠によれば、右斡旋手数料等の入金支払状況は第一期初回金については既に被告人まで支払われて、その旨被告人において昭和四七年分の収入金として申告されているほか、第一期中間金として同年一二月一三日に一、〇〇〇万円、同年一二月一六日に一、一二五万円が、第二期初回金として同年一二月二四日に三、八六二万五、〇〇〇円が、第二期中間金として昭和四八年二月一〇日に一、九三一万二、五〇〇円が、それぞれ施主から国土開発に入金され、これらのうち昭和四七年一二月一三日に五七五万円が佐々木好夫によつて同月二四日に一、七五〇万円が一崎好夫によつてそれぞれ国土開発から受領されていることが認められるのである。

(二) そこで右認定にかかる各前提事実にもとづき弁護人の前記各主張に対して順次判断する。

1. 佐々木好夫及び一崎好夫の受領分について

前記のとおり、被告人の本件斡旋作業における被告人の地位、分配割合決定権限等に鑑みれば、本件斡旋手数料等が一括して被告人に帰属すべきことは明らかであり、更に前記第一期初回金について一旦全額被告人の収入金としたうえ、右一崎らへの分配手数料(経費)に計上して昭和四七年分の確定申告をしていること、そしてまた公判調書中の証人一崎好夫(第四回)及び同佐々木朝海(第五回ないし第七回)の各供述部分並びに佐々木好夫の検察官に対する供述調書により、被告人は事前に佐々木好夫あるいは一崎好夫に斡旋手数料等を支払われたい旨国土開発に連絡して、同人らに被告人を代理して当該金員を受領させたうえ、その分配についても指示して、ほとんど被告人の取り分を残さず同人らに振り当てたことが認められること、などに照らすと、被告人が昭和四九年一月二六日付質問てん末書で自認するように、自己の名目収入額を低く見せようとしてことさら一崎らに受領させ、自己の所得申告からはずそうとしたものであることは容易に推認され、被告人にほ脱の犯意のあつたことは明らかである。(但し、佐々木好夫受領分五七五万円並びに一崎好夫受領分一、七五〇万円のうち一、六〇〇万円については、それぞれ同人らを含む被告人以外の者に分配されていることが認められるので、その分については被告人の昭和四七年分の支払手数料(経費)として計上してある。

2. 昭和四七年中、国土開発に留保された分について

そもそも所得税法は、所得算定の基礎となる収益の帰属時期の決定基準として、現金の授受を標準とする現金主義ではなく、収益の発生を認識しうる事実を標準とする発生主義を採つており、右事実としては原則として法律上の行使が妨げられない限り、請求権の発生時期をもつて考えるのが客観的明確性に照らして妥当であると解されるところ、本件において既に施主から国土開発に入金されている以上、それは施主の国土開発に対する支払義務の履行であり、換言すれば、被告人の国土開発に対する支払請求権が既に発生していることを示していることは明らかであるから、昭和四七年中に国土に入金され留保されている斡旋手数料等については、被告人が現実に受領していなかつたとしても課税に値する経済的利益は被告人に帰属しているものというべく、被告人の昭和四七年分の収入金とすべきこと明白である。

3. 昭和四八年二月一〇日に施主から国土開発に入金された分について

前記認定のとおり、右は石内第二期の中間金であつてその支払時期は「開発見通し時」であるところ、石井睦三、川相則夫及び大村輝男の検察官に対する各供述調書によれば、「開発見通し時」というのは慣行的に約定されているものの他の支払時期に比べてややばく然としたものであり、そのため施主と国土開発との間においては後日「所有権移転登記時」と明示されるに至つたこと、実際には、施主としては国土開発からの請求をまつて被告人の仕事の進捗状況を査定したうえ中間金の支払いをなす意向であつて、右査定の具体的目安としては半分以上の所得権移転登記が完了されたときであつたこと(なお、検察事務官作成の昭和五〇年二月四日付捜査報告書によれば、昭和四七年末において第二期分としては買収予定総面積比で六三・四パーセントの所有権移転登記がなされている。)、また施主である前記エヌケー・プレハブにおいては昭和四七年一一月二〇日ころ八億円の資金調達を得て第二中間金の支払いに応じられる態勢にあつたこと、そして地主からの所有権移転登記の大半を得て一応開発許可申請に必要な準備を整えたうえ、同年一二月二七日には窓口である五日市町に対して第一期及び第二期分を一括した開発許可申請書の提出がなされ更に、右申請書は既日広島県甘日市土木建築事務所に申達されていたことが認められるところ、以上の事情に加えて、前述のとおり第一期中間金が右申請書の提出時に先立つ同年一一月一三日及び同年一二月六日に施主から国土開発に入金されていることをも合わせ考えれば、

遅くとも右申請書提出時には「開発見通し時」に達していたこと明らかであり、昭和四七年中に第二期中間金の支払時期も到来し、一応被告人から国土開発への、国土開発から施主への支払請求権が発生していたものと認めるのが相当である。ただ、前述のとおり、被告人は直接施主に対して請求権を有していなかつたものであるから、被告人が国土開発に右第二期中間金の支払を請求したにもかかわらず国土開発から施主に請求されなかつたり、逆に施主が国土開発に右入金を拒んだりしたような特段の事情があれば、被告人の右請求権行使には障害が存するものというべく、未だ被告人には課税に値するだけの経済的利益が帰属していないと解する余地がないでもない。

そこで、右のような障害となる特段の事情の有無について検討するに、公判調書中の被告人(第八回)及び前記佐々木朝海(第五回ないし第七回)の各供述部分によれば、昭和四七年末において、石内第一期、第二期の用地売買斡旋作業が輻湊し、両者の土地買収価格の差異から第一期分の地主において一部所有権移転登記に応じられないとの事態が発生し、そのため被告人の仕事も進捗せず国土開発もこれを憂慮してできるだけ同年中に作業を終えるよう督促していた事情が窺われないこともないが、結局は被告人の斡旋作業が完了していないことを指摘するにとどまり、前記川相の供述調書にあるごとく、そのため最終金二五パーセントの支払いが開発許可にかからしめられていたわけであり、まして国土開発が施主に対する支払請求を拒んだことも全証拠に照らして窺うこともできず(却つて、佐々木朝海の検察官に対する供述調書によれば、国土開発が被告人からの支払請求に対し、これを拒んだり減額したりしたことのない旨明言している。)、かつ前記のとおり施主においても開発許可申請書の提出前から支払いに応ずる態勢にあつたものであるから、被告人の請求権行使に障害となる事情は存しなかつたといわざるを得ない。さらば、第二期中間金も昭和四七年中に収入しうべき状態にあつたといわなければならない。

4. そこで進んで弁護人主張の2、3、の金額について被告人のほ脱の犯意の有無を検討するに、前掲各証拠に塚田満義、舛木裕子、小田泰典の検察官に対する各供述調書並びに谷川正和の検察官に対する供述調書及び大蔵事務官に対する質問てん末書を総合すれば、被告人は本件石内関係を遂行するに当り、普段から国土開発よりメモ書等を受け取り、施主から国土開発への入金状況を知悉していたうえ、常時国土開発及び施主側関係者との接触をもち、所有権移転登記手続の進捗状況についても担当司法書士事務所に出入りするなどして把握し、開発許可申請の準備状況を知つていたこと、昭和四七年末において被告人は国土開発から一、二〇〇万円にものぼる無利子無担保の貸付金が残つていたにもかかわらず、国土開発に留保されていた斡旋手数料等との相殺の問題が起きた際「しばらくまつてほしい。」「来年でもいつでも整理できるのではないか。」と国土開発に申し入れていたこと、昭和四七年分所得税申告に際し、委託税理士事務員にも右未収金の存在について打ちあけず、却つて昭和四七年末に自己の事業を法人組織にしたい旨相談したうえ、昭和四八年二月一四日自己が代表取締役となつて有限会社を設立し、同会社名義で右未収金を受領するに至つていること、更に被告人は国土開発を通じて施主に対し「いるときに請求するから、それまでほつておいてくれ。」と申し向け斡旋手数料等の国土開発への入金を遅らせない旨の意向を伝えていたこと、その他被告人はかつて商業高校を卒業し、衣料品販売等の自営を経験するうち、収入しうべき時期についての知識を有していたことを自認していること、等が認められるので、これらの諸事情に鑑みれば、被告人が昭和四七年中にこれらの収入金債権が発生していたことの認識を有していたことは十分推認でき、ほ脱の犯意はあつたといわざるを得ない。従つて、弁護人の1ないし3の各主張はいずれも理由がない。

二、次に弁護人は、昭和四七年分支払手数料のうち、被告人は一崎好夫に対し領収書どおり三〇〇万円支払つたものであり、検察官指摘の一五〇万円水増しの事実はなく、仮に実際の支払額が一五〇万円であつたとしても、それは被告人の帳簿記載の不備によるものであつて、被告人にはほ脱の犯意はなかつたと旨主張する。

しかしながら、前掲各証拠、とりわけ第四回公判調書中の一崎好夫の供述部分並びに押収してある「金子隆昌四七年分分配金領収」と表記ある茶色小封筒入り書類一袋のうち一崎商店名義の領収書(昭和五〇年押第一二四号の一九の一九)及びノート(覚書帳)一冊(同押号の二〇)によれば、昭和四七年八月一二日付一崎商店名義の額面三〇〇万円の領収書が存在するが、同日被告人が右一崎に対して前記石内関係用地売買斡旋手数料等の第一期初回金の分配として一五〇万円支払い、一旦同人から右額面の領収書を徴したが、後日紛失したとして前記一崎商店名義の領収書を再交付させたことが認められ、同日被告人から一崎に手渡された金額が一五〇万円であり残余一五〇万円が水増分であることは明らかである。もつとも、被告人は昭和四七年九月二一日に特別報酬として一〇〇万円右一崎に渡した旨供述し、右一崎の前記供述部分等で裏付けられるが、一応右一〇〇万円については申告されていなかつた支払手数料として別途計上すべきものである(その旨別紙二の一の修正損益計算書に織込み済)。そして前記第一で説示したとおり、ほ脱の犯意は概括的なもので足り、原則として個々の勘定科目に立ち入つて審究する必要のないものであるところ、被告人が昭和四七年分の所得額につき過少であるとの認識の存したことは前記一の判断において認められたものであり、かつ、水増し分について特に課税対象の範囲外に属するとの被告人の認識を窺わせる事情も認められず、結局弁護人の右主張は理由なきに帰する。

検察官は、昭和四七年分の支払手数料のうち、被告人が昭和四七年七月二一日に籔野清に支払つたとされる二〇〇万円は、同日右籔野を通じて岡田千鶴子に手渡された二〇〇万円と重複するものであり、右籔野支払分二〇〇万円は架空であつて同額の支払手数料の水増しであつた旨主張し、これに対し、弁護人は、せいぜい二〇万円ないし三〇万円の水増しに過ぎない旨反論している。

よつて検討するに、第四回公判調書中の証人籔野清の供述部分、岡田千鶴子の大蔵事務官に対する質問てん末書、押収してある「金子隆昌四七年分分配金領収」と題する茶色小封筒入り書類一袋(昭和五〇年押第一二四号の一九)によれば、籔野清は被告人の用地売買斡旋事業に関し情報収集を担当して被告人から報酬を受け、岡田千鶴子は籔野の配下として同人から報酬を得ていたところ、昭和四七年七月二一日付額面二〇〇万円の領収書が右籔野及び岡田名義で二通存し、右各日付欄の筆跡は同一であり、いずれも被告人の手許に渡され支払手数料として申告計上されていることが認められ、二通の領収書が重複しているのではないかとの疑いは相当強いといわざるを得ないが、右籔野の供述部分によれば、同人は被告人からまとまつて報酬を受けるのではなく、随時受領したものを一括して一通の領収書として提出していたこと、昭和四七年においては二〇〇万円の領収書のほか昭和四七年二月二四日付の三〇〇万円の領収書を被告人に提出しているが、実際には右合計五〇〇万円より二〇万ないし三〇万円少い金額を受領しており、ただ被告人にいわれるままに右二通の領収書としたこと、また岡田受領分は右四七〇万ないし四八〇万円の中には含まれず、同人名義の領収書を徴してそのまま被告人に渡していたことが認められ、また籔野の昭和四七年分所得税の確定申告書謄本によれば、収入金額として被告人からの四七〇万円が計上されていることが認められるのである。してみれば、本件二〇〇万円の領収書が重複する架空のものであると即断することはできず、他の検察官の主張を裏づけるに足る証拠のない本件においては、右籔野の領収書合計金額五〇〇万円と同人の所得申告額四七〇万円との差額三〇万円のみが支払手数料の水増し額と認めるのが相当であつてこの点に関する弁護人の主張は理由がある。そうすると結局検察官が「支払いの事実がないのに架空の領収書を使用して、架空支払手数料を計上した。」と主張する籔野清分は、その主張額二〇〇万円と右三〇万円との差額一七〇万円については、これを認めるに足る証拠がないことになるので、本件公訴事実第二において検察官の主張する、昭和四七年分の被告人の総所得金額はその主張額八、一二二万五、七三九円より一七〇万円を差引いた七、九五二万五、七三九円の限度で正当であるから、これに基づき別紙二の二脱税額計算書のとおり、被告人のほ脱額を算定し、判示第二のとおり認定した。

(法令の適用)

被告人の判示各所為は、いずれも所得税法二三八条一項に該当するところ、所定刑中いずれも懲役刑と罰金刑を併科することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第二の罪の刑に法定の加重をした刑期罰金刑については同法四八条二項により判示各罪所定の罰金額を合算した金額の各範囲内で被告人を懲役一年及び罰金一、〇〇〇万円に処し、右の罰金を完納することができないときは、同法一八条一項により金二万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文によりこれを全部被告人に負担させることとする。

(量刑の事情)

被告人の本件犯行は、宅地造成ブームにより一挙に増大した事業所得を、架空の領収書を作出するなどして過少に申告し、不正に課税を免かれたものであつて、被告人はそれによつて得た不当な利益を妻以外の女性と不倫な関係を持つ費用にあてたり、架空名義の預金をしたりして、派手な生活と蓄財とに回していたものであり、ほ脱金額も四、五〇〇万円余の多額に及び、このような脱税行為の横行は、真面目に納税している多くの善良な国民の意欲をそぎ、ひいては国家財政の運営にも支障を来たす所謂「蟻の一穴」ともなりかねないものであつて、一般予防の見地からも厳しくその責任を追及されなければならない。

ただ、本件において、被告人は昭和四七年分収入金につき、全くその収入金全額を隠し通したわけではなく、翌四八年に至つて設立した自己の経営する有限会社名義によつてではあるが、そのうち幾分かを申告しており、このことはもとよりほ脱犯の成否に消長も来さないこと前説示のとおりであるけれども、巨視的にみて国家財政に及ぼした影響は名目脱税額を下回ると解する余地がなくもないこと、これまで被告人には罰金刑を除いて前科はなく、本件につき、当法廷において一応反省する態度の窺われるほか、不動産ブームの鎮静化した現今に予想される被告人の事業経営状態などの諸事情をも参酌すれば、懲役刑については三年間その刑の執行を猶予し、罰金刑についても、検察官の求刑額は重きにすぎると思料されるので、これを減額し主文掲記の額を量定した次第である。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 植杉豊)

別紙一の一 修正損益計算書

自 昭和46年1月1日

至 昭和46年12月31日

〈省略〉

別紙一の二

昭和46年分 脱税額計算書

〈省略〉

別紙二の一 修正損益計算書

自 昭和47年1月1日

至 昭和47年12月31日

〈省略〉

別紙二の二

昭和47年分 脱税額計算書

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例